おやさまの教え 〜いんねん〜(書籍10/25発売!!)

天理教青年会から新刊発売決定!!
『大望』平成26年4月号から29年3月号まで連載いただいた本部員・上田嘉世先生の「おやさまの教え 用語解説」を、このたび「青年会創立100周年記念出版」と銘打ち、天理青年教程第40号として出版させていただきます。

さまざまな天理教用語を、平易な口調で、独自の視点から解き明かした一冊です。
内容は本編36回分のほか、過去に教内誌に掲載された上田先生の寄稿を付録として載せております。

この機にぜひお買い求めいただき、教理勉強にご活用ください!!

 
 

おやさまの教え

(大望より転載)

いんねん

 いんねんという言葉を辞書で引くと、原因という意味であると出てきます。

 世の中のあらゆる物事は、その原因があって生じてくる。その一番本元にある原因、世の中の万物が生まれてきた根本の原因、それが元のいんねんです。

きゝたくバたつねくるならゆてきかそ
よろづいさいのもとのいんねん    (一 6)

 

 まさに、教祖のお教えくだされたこの道は、この世人間をお創りくだされた親神様自らが、世界の成り立ちを根本から説き明かして、世界一れつをたすける道です。

 何事においても一番大切なことは、その元を知る、根本を知ることですね。

 私の父が若い頃、満開の桜の木の下で、大叔母に当たるナライト様に、何気なく「今年も桜の花がきれいに咲きましたね」と声をかけると、ナライト様は「根を見よ」とただ一言仰せられただけだったそうですが、父はそれが生涯の教訓になった、と語っていました。

 

 

いかほどにみゑたる事をゆうたとて
もとをしらねばハかるめハなし    (四 81)
 
もとなるハちいさいよふでねがえらい
とのよな事も元をしるなり      (五 43)
 
このよふのもとはじまりのねをほらそ
ちからあるならほりきりてみよ    (五 85)
 
元なるのをやふたしかにしりたなら
とんな事でもみなひきうける     (九 31)

 
 この世の元初まりを知れば、私たちは親神様の御恩が分かり、感謝し、もたれて通ることができるようになります(詳しくは、「元の理」(一)〜(四)参照)。

 
 

 私たちの人生は、元のいんねんに基づいて存在し、親神様の親心に見守られ、十全の御守護を頂いて成り立っているわけですが、一方、その御守護を十分に頂けるかどうかは、一人ひとりの心遣い一つに懸かっています。

 この一人ひとりの心遣いがいんねん、すなわち原因となって、その心通りに結果が現れてくるのです。これは、いわば個人のいんねんと言えるでしょう。この個人のいんねんには、良いいんねんもあれば、悪いいんねんもあります。

……いんねんというは心の道、と言うたる。……

 

おさしづ(明治40・4・8)

 いんねんには、自分一代の心遣いに応じた結果をお見せいただく場合もあれば、前生の心遣いに応じた結果を今生でお見せいただく場合もあります。

 

 
 

 前生のことは私たち人間には分かりませんが、思いもよらぬ困ったことに出合っても、今生で見せられることは、前生でまいた種の結果であると悟って、許してください、とさんげし、そうした中でも与えられている親神様の御守護に感謝して通るのが、

……たんのうは前生いんねんのさんげ……

 

おさしづ(明治32・9・10 補遺)

と仰せられる境地だと思います。こうして、たんのうを心に治めて通るところに、前生に積み重ねられたほこり、いんねんも次第に拭われて、魂は親神様から与えられたままの本来の輝きを取り戻していくのです。

 このことを教祖は、栗の実に事寄せてお教えくだされています。

教祖は、ある時、増井りんに、

「九月九日は、栗の節句と言うているが、栗の節句とは、苦がなくなるということである。栗はイガの剛いものである。そのイガをとれば、中に皮があり、又、渋がある。その皮なり渋をとれば、まことに味のよい実が出て来るで。人間も、理を聞いて、イガや渋をとったら、心にうまい味わいを持つようになるのやで」

と、お聞かせ下された。
 
(『稿本天理教教祖伝逸話篇』七七「栗の節句」)

 どんな人間でも、代々積み重ねてきたほこり、悪いんねんを取り去れば、心にうまい味わいを持つようになる、とは、なんと心強く、ありがたいお言葉でしょう。

 
 

 自分が日々常に使っている心の実際、 癖性分、すなわちいんねんを本当に知れば、それを取る、切り替えることもできる。何代も繰り返し積み重ねてきた、栗のイガのように手ごわいいんねんであっても、教祖がそう仰っている以上、それは必ずできるのです。
 

 

 その自分のいんねんを知り、いんねんを切り替えるためには、自分の通り方を心静めて謙虚に振り返ることも大切ですが、一番力があるのは、自分の周囲の人をよく見て、その人たちがたすかるために真実を尽くすことです。

 そうするうちに、自然と、その人たちは自分自身の鏡なのだと気づく瞬間がある。相手の中に見るいんねんは、実は自分自身のいんねんなのだということが、だんだんと分かってくる。そして、その人にたすかってもらうために、まず自分がさんげし、我が胸を掃除させていただくところに、親神様が真実にお受け取りくださる道がある。それは、人をたすけるためにおのが胸を澄まそうとする心が、親神様の思召にそのままかなっているからだと思います。そこに奇跡が起こる。相手も自分も共にたすかっていく道があるのです。

 
 
 

 このように、神様の話を聞いて、たんのうの心を治め、前生からのいんねんを納消するとともに、神様に尽くし運ぶことによって、将来に良きいんねんを残していくことが、孫子の代まで陽気ぐらしを楽しむための一番の物種です。

 いんねんを知ることは、元を知ることであり、人生の上でとても大切な一大事なのです。

 
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(うえだ よしよ)
 

お買い求めは青年会本部まで。

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